時事折々トップへ あれこれ・あるがままに(第66回) 平成25年11月17日 |
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速報「旭日小綬章」受章 |
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この度、ジジこと私は、平成25年秋の叙勲において『旭日小綬章』の栄に浴しました(11月3日付け)。まことに光栄なことと存じています。しかしながら、私は「叙勲」という言葉がイメージさせる「お堅いまじめな人物」とはほど遠く、「花鳥風月を友 酒を友」というような人生を過ごしてきましたので、面映ゆい限りです。 この度の出来事については、後日写真や感想を交えながら取りあげたいと思っていますが、今回は取りあえず勲章伝達式当日の日程を速報したいと思います。 最高裁判所における勲章伝達式日程 最高裁判所において最高裁判所長官から勲章の伝達を受けたのは、日弁連関係の旭日章受章者(中綬章4人、小綬章16人)と裁判所関係の瑞宝章受章者(裁判官・調停委員は推定約70人前後)であった。以下、最高裁から事前に連絡のあった日程表と連絡を一部省略して転載したが、日程はほぼ予定の時間通り進行した。 <勲章伝達式日程> 平成25年11月11日(月) 9:50~10:40 受付(3階大会議室前) 10:40 式場着席(大会議室) 11:00 伝達式 1 開式 2 勲章伝達 最高裁判所長官 3 祝辞 最高裁判所長官 4 閉式 11:30 勲章着用(式場) 12:10~12:45 懇談会(立食形式)(特別会議室) 13:00~13:35 最高裁判所庁舎見学(希望者) 13:50 最高裁判所正面玄関発(バス) 14:10 皇居着 14:50 拝謁(宮殿 豊明殿) 記念写真撮影 15:45 皇居発 15:55 最高裁判所着 御下賜品配布(3階大会議室) 16:10 解散 ☆ ご連絡 服装は、男性の場合には、モーニング叉はそれに相当するもの(紋付羽織袴、制服、法衣等)とします。モーニング着用の場合には、ネクタイは礼装用としていただき、手袋は必要ありません。女性の場合には、男性に準ずる服装とします。 また、男性、女性とも帽子はご遠慮下さい。 なお、配偶者の服装も、これに準じてください。 日本弁護士連合会の祝賀会について 以下、日弁連から事前に連絡のあった案内文書を一部省略して転載したが、ほぼ予定の時間通り進行した。 (1) 日 時 平成25年11月11日(月) 最高裁の行事終了後 (2) 会 場 帝国ホテル 本館2階「孔雀の間南」 (3) 招待客 平成25年秋の叙勲受章者の会員及び同伴者 計28名 出席者 山岸会長 菊池、横溝、山岸、海老原、佐野、春名、河田、松田、 大沢 各副会長 荒事務総長 鈴木、大貫、菅沼、兼川、野口 各事務次長 (4) スケジュール 伝達式終了後、バスにて帝国ホテルに移動し、集合写真の撮影を行います。 撮影が終わり次第、祝賀会を開催します。 16:20 頃 帝国ホテル着、集合写真撮影 ・勲章は着用のまま、同伴者の方もご一緒にお願いいたします。 ・座席については、当日お配りします座席表をご覧の上、お並びいただきます。 (写真撮影終了後) 祝賀会開始(於・2階「孔雀の間南」) ・受章された先生方に一言ずつご挨拶をいただく予定にしておりますので、宜しくお願いいたします。 19:00(予定) 祝賀会終了 ※ 個人写真を希望されている方は、祝賀会終了後撮影をいたします。 (5)祝賀会進行次第 ① 開 会 ② 受章者の先生方のご紹介 ③ 日弁連側出席者の紹介 ④ 祝 辞 ⑤ 乾杯の発声 ⑥ 記念品の贈呈 ⑦ 受章者の先生方からのご挨拶 ⑧ 歓 談 ⑨ 閉 会 以 上 ☆ 私の挨拶 当日の受章者の挨拶は、多くの方は「今回、図らずも思いがけない栄えある受章」というイントロから始まり、その後自分の経歴の長いお話しが多かったので、ジジの話は規格外のためか大いに受けた。次にその準備メモを掲載した。 和歌山弁護士会の 田中昭彦 でございます。 今回の叙勲では大変驚いたことがあります。「思いもかけず、予想もせず」という意味ではなく、驚いたのは発表の前から叙勲関連商品のパンフレットが、それこそ、ドサ!ドサ!と届いたのです。どうして「名前が分かるのか」ということで先ずびっくりしました。ま!、このびっくりは置いとくとして、その次、発表があってからは、豪華な胡蝶蘭や盛り花が次から次へたくさん届いたのです。そんなでもなかった方には嫌みでごめんなさい。大げさではなく玄関から階段、居間まで、まるでセレモニーホールの祭壇のような様子。いやー!これにはびっくりしました。この様子に、我が婦人は「豪華やね!」に続いて「お父さんの生前葬みたいやね!」と宣ったのであります。恐らく「本番は簡単なセレモニーにしましょうよ」という意味が込められたのでしょう。 私が和歌山弁護士会長を務めたのは平成10年度です。和歌山弁護士会はその年度、日弁・近弁とも大きな行事予定はなく、楽々のつもりでした。ところが就任後しばらくした7月25日「和歌山毒カレー事件」が発生しました。その事件は、ご記憶があると思いますが、マスコミの取り上げ方がたいへんセンセーショナルで、取材の脚立が林立する事態となりました。以後、弁護士会では被疑者・被害者双方の人権に配慮しなければならない難しい舵取りとなり、就任時の安易な気持ちが吹っ飛ばされ、苦労した会長職となりました。 さて、この度おこがましくも心待ちにしていた「旭日小綬章」を受けることができました。ところがいざ現実に受章いたしますと、感慨は喜びもさることながら「とうとう受章年齢になってしまったんやな!」というものでした。私は50代のときは「60で定年やな」、60になったら「65まで雇用延長するか」と勝手な思いを持っていたのですが、思い通りには行かず、もはや古希を過ぎたのに「相変わらず田舎弁護士」を続けている次第、忸怩たる思いがあります。 ところで、この秋の叙勲において同じ旭日小綬章を受章された俳優の十朱幸代さんが次のようなコメントをしていました。曰く「女優に定年はない。自分の体の動く限り、この道を全うしたい。叙勲は励みになる」。という内容であったと思います。 私の場合は、定年がないのは同じですが、自分の体が動いたとしても老眼のせいか行く道も六法全書の字も定かには見えず、また、「叙勲を励みにして精進する」という真面目なタイプでもありません。この上はせめて「叙勲弁護士」という名を汚さないようにということだけは気をつけて過ごしたいと思っています。 |